whole cat



「あんたってさあ、獣耳が好きなわけ?」

「はあ!?」

ボリスが何の前触れもなく発した一言に、アリスは危うく持っていたカップを落としそうになった。

まだ半分以上中身の残っているそれを持ち直して、アリスは並んで座っているボリスを睨み付ける。

「あんたねえ、なんでいきなり死にたくなるような事言うわけ?」

「だってさあ」

さっきまでアリスの肩に頬を寄せるようにして擦り寄っていたはずのボリスは、何故か拳一つ分離れた所で妙に恨みがましそうな目で見つめてくる。

その体制を見てアリスはため息をついた。

(完全に拗ね体制じゃない。)

遊びでやっていることも多いが、いつぞや「可愛い」云々ですれ違った時のように本気で拗ねていることもあるので、こういう時は諦めて構うしかない。

しかも今回の言いぐさときたら、名誉にかけても聞き逃すわけにはいかない。

「獣耳好きとか、変な趣味を人に設定しないでくれる?」

「違うの?」

「違うとか違わないとかいう以前に、そんな趣味は欠片もないわよ。」

「ふーん?」

ずばっと否定してやったというのに、ボリスは何処か不満げだ。

「何よ?」

「でも、俺は好きだよね?」

「は?」

思わず眉間に皺を寄せたアリスの前で、ボリスはその頭上にちょこんっとついている猫耳をちょこっと動かしてみせる。

ちょこっと、首を傾げるみたいに。

その仕草は子猫のそれを思わせて妙に可愛らしい。

「す、好きよ。」

言い慣れていない言葉に少し噛んでしまったアリスに、ボリスはにこっと笑いかける。

けれどすぐにその顔に寂しそうな影が過ぎって。

「でもさ、それって実は俺が猫耳だからってだけだったりして。」

「はあ?」

「だってアリスは普通の耳の奴じゃ我慢できないんじゃないの?」

「ちょっ」

人に変な性癖があるみたいに言うな!とさすがに釘を刺そうとしたアリスの言葉は中途半端に止まってしまった。

言葉を言いかけた所でついっとボリスがアリスの頬を指でなぞったからだ。

手ではなく、指で。

男にしては綺麗な指先が自分の頬をなぞる動きが妙に色気があってアリスはぎくっと体を強ばらせる。

「ボリス?」

「友達にだって普通じゃない耳の奴が多いみたいだしさ。例えば、ウサギ・・・・とかね。」

冗談を言うように口にしたセリフに一欠片笑っていないものを感じてアリスは頭を抱えたくなった。

こと人に関してはあまり固執しないタイプだったボリスは、アリスの事となると素晴らしく心が狭くなる。

自分の友達といっているブラッディー・ツインズですらアリスが絡むとあっさり敵と認識されるらしいのだから呆れてしまう。

(それにしても、ねえ。)

アリスはため息を一つついてボリスの金色の目と向き合う。

少しだけ細められた目は悪戯っぽい光と、僅かな期待でキラキラしている。

さすがにここまで言われてボリスが何を望んでいるか気がつかないほど鈍感ではないけれど。

(・・・・言わされるってのはシャクよね。)

きゅっと口角を上げてアリスはボリスの耳に手を伸ばした。

「?」

少し意外そうな顔をするボリスの耳に触ると、柔らかい手触りと体温が伝わってくる。

(飾り物じゃない猫耳なんて悪い冗談みたい。)

以前のアリスだったらそう言って肩をすくませてお終い。

でも、今触れている猫耳がどんなに悪い冗談みたいでもとても・・・・愛おしいと思うのは。

「・・・・そうね。」

「え?」

「そうね。私、好きなのかも、獣耳。」

予想外の切り返しだったのか、ボリスが眉間に皺を寄せる。

それを満足そうにみながらアリスは更に追い打ちをかけた。

「確かにエリオットもペーターもウサギ耳だしね。まあ、普通の耳の友人も結構いるんだけど。」

「・・・・・・」

余裕の笑みを浮かべてそう言ってやれば、ちょこっと耳がしおれた。

ウサギほどではないにしろ、本心が耳に出てしまうらしい。

不機嫌そうな顔と、ちょっとへこんだ耳。

(ああ、もう。いい加減に私もアホになっちゃったわよね。)

・・・・かわいい、なんてトキメいちゃってるんだから。

内側から零れてくるような微笑みを隠しもせずにくすりと笑うとアリスはボリスの耳を撫でて言った。
















「でも、耳も何もかも全部好きなのは、ボリスだけよ?」















その言葉を聞いた途端、ぴくっと跳ねた耳にアリスは堪えきれなくなって爆笑した。

「あ、ひでっ!」

「あははは、だ、だって・・・はは、素直なんだもん!」

「煩いよ。」

「あははは!」

高らかに笑うアリスをちょっとバツの悪そうな顔で見てひょいっと手を伸ばした。

「はは・・わっ!」

「楽しそうな顔はいいんだけど、笑いすぎだから。」

引っ張られたアリスは拳一個分の間なんてあっさり飛び越えてボリスの腕の中へ。

「だってさ・・・・ふふ」

「ちぇ。少しは勝算あったのに。これって引き分け?」

覗き込まれて至近距離で金色の瞳を捉えながらアリスは笑う。

「さあ、どうかしら。」

「まあ、いいけど。」

嬉しいし、と付け加えて額にキスをされれば、今度赤くなるのはアリスの番。

「ねえ、アリス?」

耳元に口を付けるようにして囁かれて、アリスの肩が揺れる。

その反応が気に入ったのか、とろけるような甘い声でボリスは囁いた。

「俺も、耳も、髪も、目も、体も全部あんたが大好きだよ。」























                                              〜 END 〜
















― あとがき ―
ボリス×アリスはなんとはなしにベタベタしているシュチュエーションが思い浮かびます(笑)
だからついつい毎度意味のないベタベタ話に・・・・。